はじめに:若者が仕事を辞める本当の理由
せっかく就職しても、
「仕事がきつい」
「やりがいがない」
などの理由で辞めていく若者が後を絶ちません。
特に「やりがいがない」という理由は、一見もっともらしく聞こえます。
しかし、もう一歩踏み込んで聞いてみると、そこには、
- 一生懸命やっても評価されない
- 周りから認められない
- 仕事ぶりを見てもらえない
といった、悲痛な裏理由が浮かび上がってきます。
つまり、問題の中心には承認欲求があります。
日本の社会では、人々の個性・業績・能力を賞賛し、ミスを覚悟で挑戦することを認める「表の承認」よりも、和や序列を大切にし、ミスをしないことを良しとする「裏の承認」が優先されてきたと著者は指摘しています。
口では、
「オンリーワンを目指せ」
「挑戦せよ」
と言いながら、実際にはそれとは反対のマネジメントが奨励され、実践されてきました。
これは、誰しも思い当たることがあるはずです。
何かの拍子に好成績を取ってしまったり、不用意に自慢話をしてしまったばかりに、周りから総スカンを食らったり、陰口を叩かれたりする。
そうした経験は、多くの人にあるのではないでしょうか。
私たちが進化の過程で群れの動物として生き残ってきた以上、周りに認められたいと願うのは、ある意味で自然なことです。
しかし、こと日本社会における承認は、非常にデリケートです。
本書は、裏の承認社会とも言われる日本において、それでも個性や能力を前面に押し出して生きていく方法はあるのかに切り込んだ、骨太な一冊です。
学んだこと①:人は「表の承認」で救われる
表の承認と裏の承認とは?
まず、表の承認と裏の承認について整理します。
裏の承認とは、今日の日本で非常によく見られる承認の形です。
たとえば、
- 謙虚であることを美徳とする
- 年功や序列を重視する
- 目立たず、波風を立てないことを良しとする
- 個人よりも集団の和を優先する
といったものです。
これは、個人を伸ばすというより、個人を統制する形で形成される承認方法です。
一方、私たちが本来求めるべきなのは、表の承認です。
つまり、
- 能力を認める
- 実力を認める
- 努力を認める
- 成果を認める
- 挑戦を認める
という承認です。
これができない、または得られないばかりに、日本では多くの社会人が職場を離れていきます。
これは会社だけでなく、家族・学校・社会全体に関わる大きな問題だと感じました。
年功序列は本当に悪い制度なのか?
ここで面白い話があります。
日本社会には、まだまだ年功序列が残っています。
一見すると、古びたシステムだと揶揄されがちです。
しかし、本書では少し違った見方が示されています。
年功序列は、年齢や勤務年数、会社への貢献によって人が判断されます。
勤務年数が長いほど、功績が大きいほど、会社への貢献が讃えられ、給料も高くなる。
この仕組みだけを見ると、若年者は実力以下の給料しかもらえない代わりに、その分会社へ貢献していることが周りに承認されることになります。
中高年の上司や先輩から見れば、
「安い給料でよく頑張っているね」
と言える環境でもあります。
一方、中高年は会社に残っていれば、年功序列によって承認を得ることができます。
そう考えると、年功序列は見方によっては、若年層にも中高年にも承認を与えるシステムだったのかもしれません。
日本では「お金=承認」になりにくい
承認は、自己効力感を高めるとも言われます。
米国では、資本主義の精神が色濃く反映されているため、
実力
↓
お金
↓
承認
↓
自己効力感の向上
という構造が比較的まっすぐにつながりやすい。
しかし、日本はこれに反しています。
謙虚さを美徳とする社会では、お金をたくさんもらえることが、そのまま承認につながらないことも多いのです。
むしろ、稼いでいることを表に出すと、反感を買うことすらあります。
こと日本において承認を求める声が多いということは、世の中に承認が足りていないことを示しているのだと思います。
離職理由の裏にある「認められない苦しさ」
会社を辞めた人に対するアンケートでは、
- やりがいが感じられない
- 労働条件が合わない
などの意見が多く見られます。
しかし、それは表の理由です。
もっと踏み込んで調査すると、実際には、
- 会社から認めてもらえない
- 仕事ぶりを見てもらえない
- ちゃんとした評価を得られない
といった、承認に関する問題が隠れていることが分かります。
他方で、
「上司から、うまくやったなと声をかけてもらって嬉しかった」
「介護職で、ありがとうの一言が嬉しかった」
というように、承認は些細なことでも人の記憶に残ります。
承認という言葉だけを聞くと、大きなことを成し遂げ、たくさんの人に認められなければ意味がないように感じます。
しかし、私たち日本人が求める承認は、もっと控えめで慎み深いものなのかもしれません。
日常の承認が職場を変える
慎み深い承認だからといって、その効果が小さいわけではありません。
ちょっとした成果を認めることは、仕事のモチベーションを大きく上げます。
本書では、このなんてことのない日々の行動を認め、それを日常的に行うことを日常の承認として強調しています。
これは日本の職場では欠かせないものです。
ただし、注意点もあります。
日常の承認は基本的には表の承認ですが、表の承認と裏の承認は紙一重です。
小さなことを褒めるのは望ましい一方で、それが当たり前になってしまうと、
「できて当たり前」
「できないとマイナス評価」
という空気が生まれてしまいます。
たとえば、休みや遅刻なく出勤することを過度に褒めると、いつの間にか「休まないこと」が当たり前になり、休むことが悪いことのように扱われかねません。
日本の会社では、有給休暇の取得率が低い、所定外勤務時間が多いといった問題が長く続いています。
つまり、承認は使い方を誤ると、かえって裏の承認を強めてしまうのです。
日常の承認だけでは足りない
日常の承認は大切です。
しかし、それだけでは人は満足できません。
楽しそうに仕事をしていた部下が、ある日突然、辞表を提出する。
久しぶりに同期から連絡が来たと思ったら、退社の挨拶だった。
こうした話は、決して珍しくありません。
一見満足そうに見えても、内心では、些細な承認だけでは足りなくなっていることがあります。
人には、成長したいという欲求があります。
だからこそ、長期的な承認が必要になるのです。
学んだこと②:キャリアの承認は必要だった
外発的動機づけは本当に悪いのか?
エドワード・デシ氏の著書『人を伸ばす力』では、内発的動機づけについて語られています。
内発的動機づけで動けていた行動に対して報酬を与えると、その報酬が外発的動機づけとして位置付けられ、報酬なしでは行動しなくなってしまう。
さらに報酬がなくなると、その行動をやめてしまうことも分かっています。
日常の承認は、外部からもたらされるものです。
そう考えると、これは外発的動機づけに属します。
では、日常の承認はモチベーションを下げるものなのでしょうか。
著者は、この論法に異議を唱えます。
フロー状態だけでは仕事は続かない
本書には、ミハイ・チクセントミハイ氏の「フロー状態」という言葉も出てきます。
フロー状態とは、簡単に言えば、深く集中し、時間を忘れるほど没頭している状態です。
好きなことに携わることができれば、集中しやすいことは明白です。
しかし、著者はそれだけでは一側面しか見ていないと言います。
好きな仕事に就けるのは、一部の人間です。
また、ノーベル賞を取るような研究や、ゲームソフト開発に携わっていても、常にフロー状態を維持できるとは限りません。
「キャリアの承認は目的ではなく結果だ」という美学も、必ずしも絶対ではありません。
実際には、長期的な夢や目標、名誉欲、キャリアアップへの思いが、長期的なモチベーション維持に一役買うこともあります。
社会や企業は、短期的には日常の承認を与え合う環境を整えつつ、長期的にはキャリアの承認を見据えられる組織づくりを進めていくべきなのです。
学んだこと③:日本の企業はなぜ息苦しいのか?
外資系企業に勤めた経験のある日本人や、日本企業で働く外国人の多くは、日本の職場風土に息苦しさを感じるそうです。
黙々と仕事を進め、報告・連絡・相談が徹底されている一方で、軽口を叩くこともできない。
人の噂を好み、ちょっとでも目立つと陰口を叩かれる。
目立つことが許されず、自分の欲を抑え、無欲・禁欲で物事を進めることが美徳とされる。
こうした空気は、今も日本社会に残っています。
日本社会では、社会や会社のために自らを抑え、規律や序列の中で生きることこそ正しいと判断されがちです。
しかし、ポスト工業化の今日、少品種・大量生産の時代は終わりました。
工場内で粛々と同じ物を作り続ける仕事は、機械やAIが代わりにやってくれる時代です。
すでに、裏の承認だけでは、人のモチベーションは維持されにくい時代に私たちは生きています。
変化の時代には有機的な組織が強い
変化が大きな時代には、機械的組織よりも有機的組織が強いと言えます。
災害時にも、地域の自治体やボランティア団体の方が動きが早く、立ち上がりや変化に強い場面があります。
一方、大企業や役所は大きな組織であるにもかかわらず、動きが遅くなることがあります。
日本の社会や会社は、和や規則を重視し、分をわきまえることを前提に組織マネジメントを行ってきました。
つまり、裏の承認を重視してきたのです。
その結果、部下はあくまで会社の歯車とされ、どれだけ功績を上げても、アイデアを出しても、上司や上役に手柄を取られる。
そうしたことが、公然と強いられてきた面があります。
その結果、
- アイデアは、自分が発言できる立場になるまで言わない
- 目標を達成しても次のきつい目標が来るだけなので、あえて達成しない
- 笛を吹いても踊らない
という空気が広がってしまいます。
このままでは、社会は機能不全に陥ってしまいます。
では、どうすればよいのか。
大切なのは、裁量権と決定権を与えることです。
無欲ではなく「節欲」が大切
儒教の国である日本では、無欲が推奨されてきました。
また、キリスト教や仏教でも禁欲が求められる場面があります。
無欲は美徳であり、粛々と質素に、言われたことに従う姿勢こそ尊重されてきました。
しかし、それは今日の社会で本当に正しい姿なのでしょうか。
本書では、荀子という思想家の考え方が紹介されています。
荀子は、のべつ幕なしに禁欲・無欲を求めるから、かえって欲が増幅されてしまうと考えます。
完全に欲を取り除くのではなく、コントロールする。
つまり「節欲」こそが大切だということです。
無欲を全面に押し出し、命令にだけ従う社会に、人は順応しません。
そこには反発が生まれますし、時代に沿ったやり方でもありません。
調和を求めすぎて、認められたいという自然な欲求を根こそぎ消してしまうのではなく、むしろ正常な形で欲求を表現し、充足できる文化を養っていく方が良いのです。
学んだこと④:表の承認を実践しよう
表の承認の方がモチベーションを上げ、業績を上げ、離職率まで減少させるのなら、導入しない手はありません。
会社をはじめ、社会の中に表の承認を広げれば、その恩恵は計り知れません。
では、どうすればよいのでしょうか。
キーワードは、3つの文化を創造することです。
1:個人を表に出す文化をつくる
まずは、個人を評価することに着目するべきです。
チームや部署単位で評価すると、影の立役者や縁の下の力持ちと呼ばれる人たちが、評価からこぼれ落ちがちです。
表彰されたり、スポットが当たったりするのは、チームリーダーや上司だけ。
それでは、本当の意味で承認は行き届きません。
個人を承認するための具体的な方法は、次の3つです。
- 個人の名前を表に出す
- プロセスを見せる
- 褒め合う文化を育てる
評価に際して、誰が何をやったのかを目に見える形にすると、承認は効果的に働きます。
また、評価されるべき人が一体何をやったのか、その過程やプロセスを表に出すことも欠かせません。
さらに、褒め合う文化を醸成することも重要です。
日本人はお互いを褒め合うことが苦手です。
しかし、褒める文化を育てることは、人事評価ではないものの「評判」を左右します。
良い評判は、そのまま承認につながるのです。
2:失敗を責めない文化をつくる
日本社会は、失敗に厳しい社会です。
そのため、前向きに転ぶことに対して、多くの人が後ろ向きになります。
「波風を立てるな」
「余計なことをするな」
「無難にやれ」
こうした裏の承認がはびこっています。
しかし、これでは果敢に挑戦しようとする社員を尻込みさせてしまいます。
やる気のある社員を増やすことはできず、表の承認も減ってしまいます。
失敗の責任を当人だけに押し付けるのではなく、上司や親は、
「頭を下げるのも自分の仕事」
と割り切ることが大切です。
部下や子供が、もっとのびのびと、堂々と仕事ややりたいことに挑戦できる環境を整えることが重要なのです。
3:自己決定できる文化をつくる
最後は、決定権を相手に与えることです。
これも承認につながります。
何もかもを上司や親が決めていては、部下や子供は承認を得られません。
そこに「自分は認められている」という感覚は生まれにくいはずです。
そこで、簡単なことでもよいので、相手に裁量権を与えてみる。
選択の余地があると、
「それを選んだのは自分だ」
という意識が高まります。
そこには責任が生まれます。
責任を伴うと、人は果敢に仕事に挑戦し始めます。
さらに、それを評価されることで、承認欲求が満たされていくのです。
表の承認のメリットは大きいです。
裏の承認がはびこる社会で、表の承認を尊重する企業は強い。
そしてこれは、会社だけでなく家庭でも応用できます。
ぜひ取り入れてみたい考え方です。
おわりに:承認欲求は悪者ではない
本書では、京都の文化が表の承認に優れていると評価されています。
閉鎖的な文化だからこそ、生き残るために数多くのベンチャー企業を生み出すことができた。
また、自分の分野を犯さないのであれば、何をやっても「やってみなはれ」と言わんばかりに無関心でいられる。
だからこそ、古株が多い京都社会でも、新参者や新しい企業が活躍できたというのです。
オンリーワンは、ライバルと競合することなく、活躍の場を奪い合うことなく、共存できる場合があります。
古い文化を持つ社会でも、新人や新しいアイデアを生み出し、活躍させることは決して不可能ではありません。
承認欲求とは、どう向き合うかによって、足を引っ張る問題にもなれば、自分や社会を向上させる鍵にもなります。
承認欲求を悪いものとして抑え込むのではなく、健全な形で満たしていくこと。
それが、これからの職場や社会に必要なのだと思います。
まとめ
今回の学びをまとめると、次のとおりです。
- 若者の離職理由の裏には、承認不足が隠れていることがある
- 日本社会には「表の承認」と「裏の承認」がある
- 日常の小さな承認は、仕事のモチベーションを高める
- ただし、日常の承認だけでは長期的には足りない
- キャリアの承認や自己決定の機会も必要である
- 失敗を責めない文化が、挑戦を生み出す
- 承認欲求は悪ではなく、社会を前に進める力にもなる
承認欲求という言葉には、少しネガティブな響きがあります。
しかし、人は誰しも認められたいものです。
大切なのは、それを歪んだ形で満たすのではなく、健全な形で認め合える文化をつくることなのだと思います。
管理人・大樋町より
承認欲求というと、どこか「かまってほしい人」のように見られがちです。
しかし、本書を読んで感じたのは、承認欲求とは人間にとってかなり根本的な欲求なのだということです。
職場でも、家庭でも、学校でも、ほんの一言で救われる人がいます。
「よくやったね」
「助かったよ」
「見ていたよ」
この一言を、出し惜しみしない人間でありたいと思いました。
それではまた、次回の記事でお会いしましょう。
大樋町

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