はじめに:独身アラフィフ、これからどう生きる?
壮大なタイトルとテーマを選んでしまいました。
40代独身、子どもなし、パートナーなし。
しかも、もうアラフィフ。😅
この先の人生を、私は一体どうやって過ごしていくのでしょうか。
ブログ記事にするには難易度が高く、なかなか言葉にしづらいテーマですが、今回はあえて挑戦してみようと思います。
人の脳は、漠然としたテーマを考えるのが苦手だといわれます。
たとえば、
「あなたにとって愛とは?」
と聞かれると、なかなか答えが出てきません。
しかし、
「どんな人がタイプ?」
「どんな恋愛がしたい?」
と聞かれると、途端に答えやすくなります。
つまり、
「今後の人生、どうする?」
なんて問いは、あまりにも大きすぎるのです。
だからこそ、普段は考えることを先延ばしにしているのかもしれません。
でも、答えにくい問題だからこそ、一度立ち止まって考えてみる価値はありそうです。
皆さんは今、どんな時代を生き、どんな人生を送っていますか?
そして、これからの人生にどんな展望を抱き、どんな生き方を望んでいますか?
今回は「やりたいことリスト」や「今年の目標」とは少し違います。
もっと大きな、
「これからの人生、どうするの?」
というテーマについて、独身アラフィフである私の現在の思考を、そのままアウトプットしてみます。
ほんの少しだけ、お付き合いください。
独身アラフィフの私が考える「これからの人生」
① 自分にも他人にも期待値を上げすぎない
これからの人生で意識したいことの一つが、
「期待値を上げすぎない」
ということです。
自分に対する期待値も、周囲から自分への評価に対する期待値も、上げすぎないように気をつけています。
私は、とんでもない才能を持ち合わせているわけでもありません。
すれ違う人が振り返るような、素晴らしい容姿を持っているわけでもありません。
そこは、それなりにわきまえているつもりです。
それなのに、
「どうして周りから評価されないんだろう」
「どうして自分は好かれないんだろう」
と悩み続けてしまう。
これはひょっとすると、自分への期待値が高すぎるのかもしれません。
周囲の評価を気にして、人に合わせて、少しでも高く評価してもらおうとする。
少しでも人から好かれようとする。
もちろん、人への思いやりは大切です。
でも、
「私は人から好かれるべき人間だ」
という気持ちを満たすためだけに人に尽くしていると、いつか自分をすり減らしてしまいます。
「別にそれでいいや」と思える強さ
だからといって、
「どうせ一人で生きていくから、もう何でもいい」
と投げやりになるわけではありません。
人が人を思う以上、好き嫌いがあるのは当然です。
こちらがどれだけ頑張ったところで、全員から好かれることなどできません。
だから時には、
「まあ、別にそれでいいや」
と楽観的になることも必要なのだと思います。😊
新年を迎えるたび、
「今年こそ、いい年になりますように!」
と漠然と期待するより、
自分がやるべきことを粛々とやる。
そして、そのための目標を具体的に立てる。
私の場合、その方が心は安定します。
期待値を上げすぎない。
でも、過度に悲観もしない。
人生の良し悪しには「運」も影響するのでしょう。
それでも最後に信じられるものは、自分自身の行動だと思っています。
人事を尽くしたのなら、天命を待つ。
しかし最初から、根拠のない大きな期待を抱く必要はありません。
自信は後からついてくるものです。
変に期待を膨らませて結果に落ち込むより、今日できることを粛々と進める。
私はこれからも、そんな歩み方を選んでいきたいと思っています。
② 五体満足であること、健康であることに満足する
人生について考えるとき、忘れてはいけないものがあります。
それが、
「健康」
です。
あまりにも当たり前に享受しているため、ついつい忘れてしまいます。
でも健康への感謝は、365日、毎朝唱えてもおかしくないくらい大切なことだと思います。
お金も大切。
仕事も大切。
人間関係も大切。
でも、それらを楽しむための土台になるのは、やはり健康です。
だから私は、
何を失っても、健康だけは死守する。
それくらいに考えてもいいのではないかと思っています。
「健康である」という大きな財産
私は幸いにも五体満足で生まれ、今のところ健康を維持できています。
健康維持のための努力もしています。
しかし、
「健康そのものに毎日感謝できているか?」
と聞かれると、少し疑問です。
健康に生んでくれた親への感謝。
今、普通に生活できていることへの感謝。
そして、健康を維持するために努力している自分自身への感謝。
これらは、これからも忘れずにいたいものです。
SNSを見ていると、
「いいなあ」
「羨ましいなあ」
と思う投稿を目にすることがあります。
でも、そのまま「羨ましい」で終わってしまうと、なんだか心がさもしくなってしまいます。
そんなときこそ、
「でも自分は今日も健康に生活できている」
と思い出せたらいい。
今回、このブログにあえて書いているのも、自分自身への戒めの意味があります。
「健康は大事」と口で言うだけではなく、本当に感謝できているだろうか。
ここに書くことで、改めて自分自身に約束したいと思います。
驕った自分を時には叱咤しながら、健康への感謝を忘れずに毎日を過ごします。
③ それでも「上昇志向」は捨てない
「健康であれば、それでいい」
「SNSの成功者なんて羨ましがらず、粛々と生きればいい」
ここまで読むと、そんな人生観に見えるかもしれません。
でも、それは**「諦める」という意味ではありません。**
ここは強く宣言しておきたいところです。
私の座右の銘は、
「ローマは一日にして成らず」
です。
大きな目標をいきなり達成しようとしても、そう簡単にはいきません。
現実離れした目標を一気に叶えようとすれば、途中で挫折してしまうでしょう。
だから私は、
毎日、粛々と。
でも、昨日よりほんの少し成長する。
そんな生き方を大切にしています。
「牛のよだれ」のように細く長く続ける
「牛のよだれ」という言葉があります。
長く垂れ続ける牛のよだれのように、商売などを細く長く続けることを表す言葉です。
私はこの、
「細くても、途切れさせない」
という考え方が好きです。
少しずつ工夫する。
少しずつ前へ進む。
そして長い目で振り返ったとき、
「あれ? ずいぶん遠くまで来たな」
と思える。
気がついたら、かつて自分がいた場所とはまったく違う場所まで来ている。
そんな人生が理想です。🌱
成果が出ない日々も「人生の途中」
そのためには、
成果が出ない日々を我慢する力
も必要なのだと思います。
頑張ったからといって、すぐに結果が出るとは限りません。
何も変わっていないように感じる日もあるでしょう。
そこで焦らないためにも、先ほどの「感謝」が大切になってきます。
成果そのものではなく、
成果を出すために努力できる健康な体がある。
考えたり挑戦したりできる健やかな精神がある。
今日もまた一歩進むことができる。
まずは、そこに感謝する。
そう考えられれば、必要以上の焦りも出てきません。
期待しすぎない。でも、諦めない。
今あるものに感謝する。でも、成長することはやめない。
このバランスを、これからも崩したくないと思っています。
おわりに:アラフィフからの人生は、まだまだ続く
「今後の人生を、どう生きるか?」
そんな大それた問題について、皆さんは考えたことがあるでしょうか。
最初に書いた通り、漠然とした大きな問題は、なかなか答えが出ません。
だからこそ、
「一度ちゃんと考えてみよう」
と決めない限り、ずっと先延ばしになってしまうのかもしれません。
今回この記事を書いたからといって、明日から私の人生が劇的に変わるわけではありません。
でも、自分なりの答えを言葉にしてみたことで、頭の中が少しスッキリしました。
そして不思議なことに、これからの展望が少し開けたような、清々しい気持ちにもなりました。
独身。
アラフィフ。
子どもなし。
パートナーなし。
こうやって並べれば、何かが「足りない人生」に見える人もいるかもしれません。
でも、それだけで人生の価値が決まるわけではありません。
これから先の人生は、まだ長い。
だからこそ、自分なりの指針を持っておきたい。
歩みはゆっくりでもいい。
期待しすぎず、悲観しすぎず。
健康に感謝しながら、それでも少しずつ前へ進む。
「細くても、途切れさせない」
今の私にとっては、それがこれからの人生を生きる一つの答えなのだと思います。
大樋町

コメント