第129回【書評】失敗の科学から学ぶ【今日から失敗は道標となる】

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はじめに:

人は失敗を隠す。
友人と遊んでいる時のゴルフやボーリングでさえ、
成績が悪くなると人は気分が悪くなるものです。
それが自分の仕事や育児など、
大事なことになればなるほど、
もう別次元で失敗を認めなくなる。
と本書では語られます。

特に日本は、
失敗が許されない文化だと
他国では理解されています。
日本に起業家が少ないのは、
一度失敗すると落語者のレッテルを貼られ、
周りが当事者を再起が不能に「してしまう」文化
根付いているからだそうです。

なんとも残酷な話の出だしですが、
一方、世の中には、
失敗を成功の母とし、
失敗を活かし、失敗を推奨し、失敗をバネに、
向上していく組織や人達がいるのも事実です。

失敗を認められない組織や人とそうでない人は
何が違うのでしょうか?

何とも深いテーマであるものの、
失敗を成功の母とする上では必須の知識。
学んだことをアウトプットします。

学んだこと:

完璧でないと無能?:失敗をちゃんと認知することの大事さ

失敗は成功の母。
これは本当です。

暗闇でゴルフの練習をしても
10年経っても、100年経っても
上達はしません。
自分が打ちたい場所へ、
的の近くへボールを打つには、
今自分の実力でどこに飛ばせるかを
知らなければなりません。

失敗を失敗と認め、
それを踏まえて、
問題を調整してくこと
成功に繋がるのです。
子供の頃から聞いたようなセリフですが、
なぜ実現がこれほど難しいのでしょうか。
これは個人でも組織でも同じことが言えるようです。

失敗を活かせる組織には2つの要素が揃っています。
ひとつは「適切なシステム」
そして、そのシステムの潤滑油となる
「マインドセット」です。

2005年、イギリス監査局による
医療現場に対する調査の結果、
医療過誤の被害者は10人に1人もいるとの
驚くべき試算結果があります。
年間3万4000人がヒューマンエラーで
死亡しているというのは驚きの一言です。

医療ミスの発生原因は多く、
まずもって医療業務が複雑なこと、
資金不足により医師が足りていないこと、
とっさの判断が求められることなど、
多岐にわたりますが、
著者は医療ミスの「根幹」は、
もっと他にあるといいます。

医療業界では、
医療ミスは不名誉なこととされ、
医師をはじめ、医療従事者は、
ミスをそのまま報告しない。
という結果があります。

更に厄介なのは、
医師たちは何もわざとミスを犯すのではなく、
親身に真剣に診察やオペは行われていること。
当たり前のことではありますが、
故意に医療過誤を犯すわけではありません。
マッドサイエンティストは
漫画の中だけの存在です。

家族への医師の説明はこうです。
「医師は全力を尽くした」
「技術的な問題であった」
「避けられないことであった」
「非常に残念です」
たったこれだけ。

医療の現場において、
どんなオペが行われたのか。
具体的な説明は家族にはされません。
オペの内容にメスが入るのは、
裁判が起こされた時だけです。
上記の医師の言葉どおり、
医師は嘘ではなく、
事実を「湾曲」させてしまうのです。

それはまるで自分の失敗を、
覆い隠すようにも見えます。
これは、数ある失敗のチャンスを、
みすみす捨ててしまうのと同義です。

他方、航空会社では、
全く逆の措置が取られます。
飛行機事故が起これば、
すぐさま研究者と専門家チームにより
徹底的に調査し、原因を突き止め、
解決策を模索し、その結果を
航空会社メンバーは
全て情報共有することができます。

医療組織と航空会社では何が違うのか?
やる気の問題ではなく、「捉え方」の問題である。
と著者は説きます。
失敗への捉え方次第で、
それを起爆剤にもっと向上できるか、
成功の元となるデータを
ゴミ箱にすてるかが決まってしまいます。

医療業界では、
・クローズド・ループ現象(間違いを間違いと気づけない環境)
・完璧でないことは無能と判断される
・調査嫌い
などの理由により、失敗を活かすことが
まったくできていなかったのです。
まずは失敗を失敗として「捉えること」
これが求められます。

認知的不協和:失敗をなぜ認められないかを真剣に考える

失敗を失敗と捉える。
そんなことは分かっている。
失敗を認識することは
そんなにも難しいことなのでしょうか?

医療業界だけでなく、
冤罪を認めない裁判官や検察官、
経済効果の予測を外した経済学者、
予言を外したカルト集団の教祖など
自らの権威が高くなり、
失うモノが大きくなればなるほど、
人は失敗を認められなくなる。
と著者は言います。

自らの失敗を認識できない理由を
「あー、あれのことか。」と
自分の体験から説明できる人は
少ないかも知れません。
その理由を考えてみます。

理由のひとつは「認知的不協和」と呼ばれる現象です。
フェスティンガーという心理学者が提唱しました。
自分の思惑と現実に差があると、
そこに不安やストレス、気持ち悪さを感じる。
という心理現象です。

高名で地位の高い医師ほど
認知的不協和が色濃く現れます。
「私が間違えるはずがない」との思いと、
実際に目の前で起こっている失敗に差が生まれます。
すると恐ろしいことに、
「現実の方を捻じ曲げる」
という手段を取ってしまいます。

医療ミスではなく、原因は患者にあった。
「既に手遅れの状態でした」
「現代の技術では対応できませんでした」
「今回は特殊なケースでした」
と、失敗は認知的不協和の前に、
藻屑となり消えてしまうのです。
特に医療業界は、
医師から専門性が高い知識や技術を説明しても
受け取る側が理解し難いことが災いし、
湾曲した言い訳で患者の家族は納得してしまいやすく、
まさに、システム上の問題が懸念されます。

先に見た航空会社では、
失敗をすぐに報告すれば
処罰の対象とならない。
整備士はランダムに突如選出され、
自分の整備した飛行機に、
自ら試乗することになる。
などの失敗を活かす。また、
失敗が発生しにくいシステム
構築されています。

失敗を明るみにするシステムがないと、
失敗を活かせず進化できないどころか、
まっているのはその組織の消滅や破壊です。

考えるな、間違えろ:失敗で成功を浮き彫りにする

ユニリーバという洗剤で有名な会社があります。
ユニリーバは洗剤を作る過程で使用する、
「噴射機」が頻繁に目詰まりする問題を改良するにあたり、
優れた技術者や化学者を雇いましたが、
連日、会議を繰り返し、完璧な理論を導き出しても、
いざ開発の段階になると、
芳しい成績は上げられなかったといいます。

専門家には無理だと判断したユニリーバは、
藁にもすがる思いで、
洗剤や噴射機とは土俵が全く違う、
「生物学者」に助けを求めました。

生物学者は、
洗剤の知識は皆無でしたが、
進化や進歩についての専門家です。
その知識を噴射機の改良に使いました。

まずは噴射機を10個用意し、
少しずつ違う改良を加えた噴射機に作り変え、
噴射の「実験」を繰り返しました。
ほんの1、2%効果があると判断すると、
その試作機をベースに、
改良を加えた10種類の噴射機を開発しました。
それを繰り返すことで、
専門家でも不可能だった
目詰りしない噴射機の開発に
見事成功しました。
結果その噴射機のかたちは会議ではたどり着けないであろう
独特な形状をしているそうです。

理論が先に立つトップダウン理論よりも、
現場での実地知識からの
ボトムアップ理論が功を奏した。
とても分かり安い例だと思います。

上手くいく方法をいくら考えていても、
専門家ですら成功の答えを導きだせませんでした。
私達がすべきは、
成功する方法をベッドの上で考えたまま、
行動を起こす機を待つのではなく、
腰軽く動くことなのかもしれません。

行動を起こす際には、
フィードバックを頻繁に受けること
とても大事であることも
付け加えなければなりません。
ヴィジョナリーと呼ばれたスティーブ・ジョブズですらも
フィードバックの前には頭を垂れたそうです。

感情を信じすぎない:間違いは間違い

ヒトは、少しも合理的でなく、
感情的な生き物だそうです。

失敗を失敗だと受け取るためには、
例え聞いた話が美談、成功譚に聞こえても、
そこはグッとこらえ、
現実的な数字やその結果を
受け入ればければなりません。

「そんなの当然だ」と言える人は
少ないかもしれません。
科学者や専門家、政治家、当事者、傍観者、
その全てが感情的に成功を信じ込み、
いくらデータを見ても失敗を認められなかった。
とう例をご紹介します。

スケアード・ストレート・プログラム(以下「SST」と呼称)
と呼ばれる更生プログラムがあります。

刑務所の囚人が自ら考えだしたと言われており、
青少年が刑務所を訪れ、
終身刑の囚人らと接することを通し、
更生を促すというものです。

かなり過激な内容で、
囚人たちは遠慮なく10代の少年に対して
大きな声で罵ります。
少年少女にはストレスが大きすぎ、
帰路の途中で吐いてしまう者もいるそうです。

過激さを伴うプログラムではあるものの、
発案者やそれを受諾した者、客観的に見た者、
彼らは「直感的に」SSTが上手くいくと考えました。
事実、受験者アンケートの回答や実施結果を見ると、
再犯率は激減し、
青少年の保護者も「確かに息子は変わった」と回答しました。

SSTは、
科学者や専門家、政治家や参加者、
ひいてはマスコミからの賛同までを受け、
何十年と実施されてきました。

しかし、
ここにきて「本当に効果がかるのか?」
SSTにメスを入れた統計学者によると、
驚くべきことに、
「効果は全くない」
との調査結果にいきついてしまいました。

最初の更生プログラムの実施から、
何十年と経ち、長期的な結果と、
今までに得られた実験結果を照らし合わせた結果、

SSTを受けた青少年と、
SST受けなかった青少年には
まるで差がありませんでした。

根拠は様々で、
結果確認のアンケートの実施が早すぎだった。
アンケートの回答選択肢が曖昧なものだった。
などが挙げられます。
中でも特筆すべきは、
「反事実を以て、結果を見ていなかった」
というものです。

要するに、
「SSTを受けなかった場合に
青少年の結果はどうなっていたか?」
を検討せずに、
アンケートの回答結果だけを見て
SSTを判断していた。ということです。

例えば、
SSTを受けても、結果が伴わなかった場合、
その親が真剣にアンケートに回答するとは思えません。
アンケートははがきで実施されたと言いますが
期待どおりの結果を得られなかった親は、
返答すらしなかったのではないでしょうか。

皆がSSTを称賛する前に、
愚鈍で直感的に成功を確信する前に、
反事実を考慮すべきだったのです。

「反事実」を踏まえた調査方法を
ランダム比較化テスト(RCT)と呼びます。

何か計画や施策を実施し、
その結果を正確に知りたいならば、
その施策をしなかった場合にどうなるか?
を検討しなければなりません。

組織の問題だけに収まらず、
自分が何かをがむしゃらに判断基準を持たずに
突き進んでいるのなら、
一旦立ち止まり、先に述べたとおり、
失敗を失敗と認めるマインドを持って
「この方法を取らなかった場合にどうなるか」
を検討してみるのは、
とても有効な手段です。

おわりに:

失敗は悪ではない。
この言葉は今後の人生を前向きに
変えてくれると思います。

もちろん、
失敗をしてもいい。とか、
適当でもいい。などと都合の良い解釈を
して良いわけではありません。
しかし、本書を通して、
たとえ失敗をしても、
しかるべき環境で、
失敗をちゃんと認識し、
正しく対応して次に活かすことができれば、
むしろ失敗は推奨されてもよい。
と理解できます。

日本では、
失敗は悪だとする気質と環境から
まだまだ変われないようです。
会社で突然、失敗を推奨せよ。
と切り込んだ生活をする必要はないです。
自分なりのチャレンジに
応用できればと思いますし、
例え失敗をしてしまっても、
落ち込むだけで終わることは
今後なくなりそうです。

大樋町

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大樋町

初めまして。
大樋町と申します。
「おおひまち」と読みます。
北陸地方住む、アラフォーの読書愛好家です。
日頃は通訳などを生業としております。
良い本は心の友。
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毎週、月曜日にブログを更新中。(少ないw)

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