はじめに:
世には、
今までの方法とは「違う」方法で
成功を収めた人たちがいます。
出る杭は打たれる世の中において、
より個性を活かし成功を収めた者、
彼らはダークホースと呼ばれています。
高校を中退した天文学者
知識ゼロから
音響整備士になったシングルマザー
盲目のルービックキューブ記録保持者
などなど。
ダークホースたちは
従来の「標準化」されたやり方では
到底成功できない方法で、
他を圧倒して成功を掴み取ります。
標準化された世界で
競争を余儀なくされた上、
数の限られた成功を取り合うのは
もう時代遅れだと著者は言います。
今こそ、
「個人」や「個性」に
もっと注目が集まるべきなのです。
より良い人生を歩む
と聞いた時、
物事にはある意味レールが有り、
その上を歩くことこそが幸福である
と教え込まれた気がするのは
私だけではないはず。
女性は結婚こそが幸福だ
大学教授になるには大学院卒業が「当たり前」
ビルボードに載るには
音楽の才能を幼少から学ばなくては無理。
などなど、
学校を良い成績で卒業し
上場企業に晴れて就職し、
その場で花を咲かせて上を目指す。
標準化と競争の世界で
果たして成功を収めたように見えても
満たされずにその場を離れる者は
後を断ちません。
世界に対して
個人をもっと重視しようよ!
と訴えかける前に
個人的な方法で成功を収めた
ダークホースを見本にし
自分の行動に落とし込むには
一体どうすれば良いのか?
ハーバード大学で
研究を重ねた著者は
ある法則を見つけたようです。
成功の方法は数あれど、
ダークホースたちが重視した考えややり方
とはどんなものでしょうか。
学んだことをアウトプットします。
学んだこと:
70年代、薬品会社の「標準規格」がもてはやされた
そもそもなぜ
物事はこうあるべき!という
「標準化」
がもてはやされたのでしょうか。
時代は1970年代、
薬を作る会社を見ると
世の中が「標準化」への傾倒する様
を垣間見ることができます。
エドワードスクイブ研究員は
麻酔医師ではあったものの、
当時の医薬品の品質の悪さ
に警鐘を鳴らした人物の一人です。
当然ながら、
薬は人体に対し、
恩恵をもたらすこともあれば
その量を違えれば甚大な被害をももたらします。
そこにきて、
当時の医薬品は一つの瓶に入っている
薬の量も成分も、
それがもたらす治療効果すらも
バラバラで信頼の置けないもの
であったと言います。
そこでスクイブ研究員は、
徹底し、
品質の同じ薬
を作り出しました。
それは中身が同じである事はもちろん、
工場で医薬品が作られ、
完成に至るまでの経緯までもを
「標準化」した事により実現したのです。
いつどこでも手に入り、
同じ価格で同じ効果をもたらし、
何より人体に恩恵をもたらす薬は
大人気を博し、
それはまた「標準化」の力を
世に示す事にもなったのです。
・ガソリンはどこで買っても
同じ量が同じ値段
・フランチャイズ店はどこ食べても
希望の味を楽しめる
・薬はどこで買っても同じ効果がある
などなど、
標準化自体には
確かに恩恵をもたらす事が
とても多いように思えます。
また標準化は、
効率性をも生み出しました。
標準化の父と呼ばれる
アメリカの実業家フレデリックテイラー。
彼は工場内の生産ラインを
標準化することで、
圧倒的効率性を生み出しました。
そしてついに、
医薬品や工場製品のみならず、
人間すらも標準化する
事に至るまで
そう時間はかからなかったのです。
職人がの技一つで
商品の良し悪しが決まる19世紀は
その偉大な職人がケガでもすると
職場自体の環境を変える必要を余儀なくされ
仕事自体が止まってしまう事もままありました。
そこで、
人の周りに環境を作るのではなく、
機械に合わせて人を配置する事で
職人問題を解決しました。
しかし、
一定不変の作業
を余儀なくされた工場では、
それこそ「人間を道具として使う」こと
が至上とされ、
その憂き目にあったのが
単純労働を低賃金で強要された
工場労働者たちでした。
社会は、
圧倒的効率と利益を産んだ代わりに
個性をいち早く失うハメになったのです。
「組織は個人を信じるな
個人が組織を信じるべきである」
との言葉も当時生まれました。
その後、
標準化は職場だけには収まらず、
教育の世界に広がり、
この仕事に就くまでには
これだけの時間を
この学校で過ごし
これだけのスコアが必要である
とのいった
標準世界
が作り上げられました。
そこは個性が必要の世界でもありました。
小さなモチベーションを辿る
標準化された世界では
標準化された結果しか生み出せません。
むしろそのための標準化です。
ダークホースは
成功までの道のりが独特で
今までに無い方法
であるのが特徴であり、
また、
その方法で得た結果は
世に名を残すレベルで大きくなる
事もままあります。
そこで誤解されがちなのは
ダークホースたちは、
その夢の大きさから、
まずは大志を抱き、
熱意を持って挑戦し、
身を粉にして苦しんだ末に
大きな成功を掴んだ。
などと思い込んでしまうことです。
事実は全く逆です。
ダークホースから方法を学ぶなら
まずは第一に
「小さなモチベーション」
にこそ成功の鍵があること
を学ぶべきでしょう。
本書には、
標準化された世界では
誰もが羨むキャリアを積んだ女性が
その頂点に立った段階で、
自分のやって来たことに疑問を感じ
その立場や地位、名声を捨てて、
自分の道を歩み始める物語
が紹介されています。
その際、
自分の本当にやりたかった事
に気づかせてくれたのは
子供の頃から好きだった
「片付け」だったと言います。
片付けることを追求した結果、
その女性はコンサルタントとして
大成することになります。
この話のポイントは、
この女性が
「有名なコンサルになりたかった」
から片付けを極めたわけではなく
その逆で、
大好きな部屋の片付けを極めた結果
成果が後からついてきた。
というところです。
小さなモチベーションは
自分の中に眠っています。
会社の成績を評価されて
今一嬉しくないと感じているなら
標準化の罠にハマっているかもしれません。
今一度自分のモチベーションにも
着目してみると、
本当にやりたかった
小さなモチベーションに気づき、
ダークホースへの道
が開けるかもしれません。
充足感の中にこそ成功がある
すべてのダークホースに通じる特徴の一つは、
その誰もが、
自分の選択に喜びを感じていて、
充足感に満ちている事です。
標準化された狭い階段を
勝者になるまで上り詰めるシステム
は時代遅れである。
とは著者の言葉です。
さらに、
今は個人が尊重される時代で
個別化された社会こそが
充足感を得た成功を提供できる
と著者は言います。
さらにさらに
意外にもこの「個人化社会」は
既に実現化に近い環境にある
とまで書かれています。
例えば「経済」界では、
終身雇用・年高序列
を保障する会社は既に過去のもの。
巨大な企業のいくつかが、
仕事を提供し、
多くの人材が一つの場所で
こぞって上を目指す。
この勤務形態自体が難しくなり
その代わりに、
小規模ビジネス、
多種多様なベンチャーが生まれ、
ギグエコノミー、
個人事業主の台頭、
ニッチ商品の多品種少量販売
などなど、
いかにも個人だからこそ成立する
個人のための社会
が成長しつつあります。
さらに「テクノロジー」でも
個人化社会が実現できるまでに
既に発展しています。
かつては高額だった機械たちは
テクノロジーの進化により
その価格が下がり、
かつての
機械の周りに人間を配置する
スタイルから、
個人が優れた機械を使って
何かを実施するスタイル
に切り替わっています。
スマートフォンやインターネット
はその最たるもので、
個人を輝かせる素晴らしいテクノロジーです。
アメリカでは既に
高等教育、大学、就労に至るまで
個別化制度が導入された学校、団体
が現れ始めています。
社会が個人に重点を置き
それを享受する環境を整えつつあるものの
今度はその環境に対して
私たちはある種の「責任」を負う
ということも必要になってきます。
個別化社会を享受したいのであるなら、
この充足感を感じて行動することは、
私たちに課せられた
「義務」
でもある。と著者は言います。
標準化された社会は
ある意味、
社会から用意された競争の場
に参加すれば良い
という選択肢を狭めてはくれます。
充足感を求め、
小さなモチベーションを頼りに
生きていくことは、
自分での選択を余儀なくされ、
自分の人生の責任を自分で取る
事に他なりません。
日本は失敗すると
持ち直しがきかない、
失敗に厳しい社会だ。
と揶揄されることが多いです。
充足感への義務。
思い一言に聞こえますが、
現代の日本においては
最も必要とされる言葉なのかも知れません。
おわりに:
楽器が弾けない音楽家
運動音痴なスポーツマン
芸事を修めていない芸能人
お経をヒップホップで奏でるお坊さん
味の素を多用する料理研究家
・・・。
一見、無茶にも見える成功者たち
ダークホースですが、
多様性が劇的に進む現代では
意外にも「アリだよね?」
と受け入れられている気がするのは
私だけでは無いはず。
直感的な感想ですが
世の中が、
標準化の世界から
個人重視の世界に切り替わる
まさに渦中に私たちは在る
と感じざるを得ません。
もし今あなたが
確固たる名声や地位
を築いているはずなのに
充足感が得られず
ここじゃない感じがするなら
ダークホースのやり方にも
一見の価値があります。
大樋町
読書もいいけど、「聞く」のもおつなもの👇👇👇
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