第197回:40代、終活のすゝめ【悲しい話ではないという話】

HOW TO

はじめに:

この世に絶対が有るとするならそれは、
生まれたら必ず死が訪れる
と言う事くらいかもしれません。

もし私がこの世を去る時、
残された家族や親族には
なるべく迷惑はかけたくないものです。

なんだか気の重い話しの始まりですが、
そこまで暗い話でもありません。
終活は、
むしろ前向きに人生を生きよう!
とポジティブな気分にしれくれます。

今回は、
管理人が既に着手している
終活についてアウトプットし、
終活を通して感じたことや
それを進める理由などにも
触れていこうと思います。

管理人は、
元々ミニマリストをリスペクトしており、
物は無駄に増やさない。
がモットーではあるものの、
そこに「終活」をからませると
また少し違った意味を持ちます。

終活は自分の人生に
片を付ける
ことでもあります。

未練を断ち切る事にも繋がるので
終活を終えた人は、
どこか心がスッキリした様に見えますし、
実際に私もそうでした。

いつ自分の身に、
どんな事故が起こるかも分かりません。
凡人の凡人による終活のすゝめ
ではありますが、
今の気持ちを記録する上でも
アウトプットしたいと思います。
少しの間、お付き合いください。

まだ若い内からの終活のすゝめ:

伝えたいことをノートにしたためておく

もし今突然事故に遭ってこの世を去り、
その後も意識があるとするなら、
「あれをやっておけば良かった!」
と心残りになるような事が
誰しにもあるはずです。

もしそれを
残った家族や友人に託すことができたら
それはそれで
素晴らしい事では無いでしょうか。

実は簡単にできます。
ただシンプルに、
これが心残りだ。といった事や、
これだけはやっておいて欲しい
といった内容を記録して残せば良いのです。

終活では
「エンディングノート」
と呼ばれているものです。

エンディングノートは
自己に突然訪れる不幸な事故
にも対応できます。
その真骨頂は、
自分の意志を死後もこの世に残せる事。

遺言と聞くと、
お金や物理的な資産の配分を
残った家族に分ける作業。
といった、
人の死や相続争い等を想起させられ、
どこか
暗いネガティブなイメージ
に繋がりがちですが、
エンディングノートは、
遺言とは一線を画すものです。

いつか言おうと思っていたけど
気恥ずかしさから伝えられなかった
感謝や謝罪、仲直りの言葉など、
ぜひぜひエンディングノートに
記載すると良いでしょう。

本当の所、
面と向かって本人に伝えたほうが
良いは良いのでしょうが、
その気持を持ったままこの世を去る。
というのもまた避けたい所です。

普段伝えられない気持ちを
この世に残しておく事で、
なんとも心がスッキリします。
ケンカしたまま死別などしようものなら、
残された人にとって、
とても深い心の傷を残す事になります。

エンディングノートは、
ある種の心の保険
のような存在です。

だからといって、
本心を伝える努力はしなくて良い、
ケンカは和解しなくて良い
と言っている分けではありませんが、
万が一の備えにはなると思います。

デジタルな物に記録すると、
バッテリー切れやパスワードの関係で、
家族の目には触れにくい事もあり、
私が選択したのはシンプルに
ノートに書く
という方法でした。

目を通されることなく
捨てられてしまうかも?
とも考えましたが、
部屋から「1冊だけ」ノートが出てきたら、
人間、目を通してしまうものではないでしょうか。

日頃から、
「何かあればエンディングノートを見て」
と家族に伝えておいても良いでしょう。

心の余裕は、
その後の人生に大きなメリット
をもたらします。

読者様も、
心の保険
を作って見てはいかがでしょうか。

ただし、
ノートの受け取り手が
「面倒だ」と思うような事は
避けた方が無難でしょう。
あくまで、
残された人のためになること
で心残りを作らないこと
が良いでしょう。

物を無駄に増やさない

この章では、
終活のために特別な何かをする。
ではなく、
心構えの様な物
について述べたいです。

『はじめに』で記載のとおり、
自分の死後はなるべく、
残した家族や親族に
迷惑はかけたく無いものです。

残された家族にとって
圧倒的に困る事の代表は
捨てても捨てても無くならない
故人の私物
だと言われています。

高齢になれば、
物を溜め込むのは
心理的に仕方のない事
のように思えます。
そこを責める事はできません。

何かのテレビ番組だったでしょうか。
高齢者が、
「これで死ぬまで砂糖は買わなくて良い」
と笑いながら倉庫の大量の砂糖を
指さしていたのを見たことがあります。

買った本人が生きている内は、
大量の買い込みは『備え』として
機能するかと思います。

しかし、
古着をはじめ、
本人にしか価値のない使い古した物は、
残された人が故人になり変わって
始末する事になります。

がしかし、
次から次に溢れ出る物
に心が折れて、
結局、業者に多額を支払い処分してもらう。
という話もよく聞く現実です。

故人の契約を破棄するための
ハンコを見つけたいだけなのに、
家中をひっくり返す羽目になった。
と言う逸話も聞いたことがあります。

自分が他人のストレスの原因になる。
想像しただけでも嫌気がします。
飛ぶとり後を濁さず。
ではないですが、
この世を旅立つ時には、
後に残すものは、
残さ多人に役に立つものは多く、
立たないものは少なく。
を意識する方が、
自分自身も健全でいられます。

その点、
ミニマリストと呼ばれる
必要最小限の物に囲まれて過ごす人
はとりわけ終活の目線からも
優秀だと思います。

物を減らすと、
部屋が広くなったり、
生活費を抑える事ができたり、
家を清潔に保つ事が楽になったり、
無くし物が減ったり、
物理的にも心理的にも
メリットは山ほどありますが、
そのまま「終活」に繋がる
とも言う事ができます。

日頃の「物を増やさない」心構えが
家族への負担を減らす
ことにつながるので、一石二鳥です。

やり残しに敏感になる

物や気持ちに片を付け、
終活を終えると、
嫌でも自分の「死」と向き合う
ことになります。
それは「人生のやり残し」にも
気づかせてくれます。

「旅行」に目が向く人が多い。
と言われており、
終活を終えた人の中には、
元気な内にと「世界一周」に
出かけた老夫婦もいるとか。
高齢者とは思えない行動力です。

物を増やすより、
体験を増やす方が幸福になれる。
と言いますから、
やり残しに気付き、
行動につながるのは
とても良い事だと思います。

できればそのやり残しに、
若い頃から気づくことができれば
どれだけの時間を
有意義に使えるかわかりません。
計り知れない恩恵をもたらす
潜在的メリットが
この終活にはあるように感じるのです。

写真に残すのは、
アクティブな自分でありたいもの。
後悔のない人生に
目を向けるためにも、
終活は力を貸してくれます。

おわりに:

終活なんて早すぎる⁈
いえ、そんな事はありません。

既に述べたことながら、
若いからといって、
絶対に交通事故に遭わない
なんてことはあり得ません。
これは繰り返し述べても
言い足りない事です。

高齢による寿命を加味しなく良い
と言うだけで、
死は誰のそばにもあるもの
だと思います。

ならば極端な話し、
終活はどんな年齢であっても
始めるには適している
と言えるはずです。

終わった後の
爽快感や安心感
はそれだけでも体験する価値がある
と管理人も感じます。

自分の死と向き合うと聞くと
取り掛かりにくいかも知れません。
しかしそれも
時には一興であり意義のある事です。

大樋町

大樋町

初めまして。
大樋町と申します。
「おおひまち」と読みます。
北陸地方住む、アラフォーの読書愛好家です。
日頃は通訳などを生業としております。
良い本は心の友。
私の友人たち(愛読書)から学んだことをアウトプットする場としてブログを書いております。
毎週、月曜日にブログを更新中。(少ないw)
ありがたい事に、
読者様が増えてきたから身を引き締めねばw

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